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明治学院大学の先生による高校3年生への講義「教養原論」を行いました<第10回>

6月19(金)、推薦進学コースの高校3年生を対象に、明治学院大学 文学部芸術学科 溝尻真也先生による「教養原論」の講義が行われました。『人文学からみた「他者」』というテーマでお話しいただきました。

生徒の意見・感想を紹介します。

  • 今回の授業で、私たちが普段当たり前のように使っているスマホやインターネットが、人間関係のかたちを大きく変えていたのだと知ってハッとさせられた。特に納得したのが、コミュニケーションには「明確な目的があるもの」と「明確な目的がないもの」があるという話。私は「明確な目的がないもの」だからこそ、コミュニケーションの難しさを感じることが多い。ただ「つながっていること」自体を確認するためだけのやり取りを「自己目的的コミュニケーション」と呼ぶと言っていたけど、LINEのスタンプだけの会話やSNSの何気ない反応、普段友達とのくだらない話もまさにこれだなと感じた。SNSなどの普及により、いつでもどこにいても誰かと繋がれるようになったことで、人間関係の量は増えたけれど、同時に私たちが「常に繋がっていなきゃいけない」という息苦しさを感じてしまう時間も増えていると思う。また、ネット上の「炎上の構造」についての図解にも深く考えさせられた。非リア充の排除やジェンダー、人種を盾にしたネットの攻撃は、正義の味方のように扱われがちだが、実は自分たちの同質的つながりを維持・強化して、異質な他者を排除しているだけだという話にゾッとした。ただネットの便利さを利用するだけでなく、ネットがもたらす機能を見つめ直すことが大切だと感じた。
  • 今回の授業を受けて、携帯電話というコミュニケーションメディアが生まれたことで常時接続の時代へ変化していき、人間関係が時間的、量的に拡大していったのだと知ることが出来た。また、普段友達と明確な目的を持たずに話していることは「自己目的的コミュニケーション」と呼ばれるものであり、携帯電話が普及した今自己目的的コミュニケーションの時間が膨大に膨れ上がっていっているのが分かった。また、インターネットは人間関係に果たす機能はリアルからこぼれ落ちた人間の居場所の役割とリアルにおける関係を維持、強化する役割があるのだと分かった。また、ネットの炎上は排除のコミュニケーションと同質的つながりが関係していると知れた。
  • 今日の講義で、メディアやインターネットが人間関係に与えた影響を学ぶことができた。メディアに関しては、1990年代後半以降のコミュニケーションメディアについて、携帯電話の普及と関連させながらお話しいただいた。私はその中の「同質的で優しい関係」に興味を持った。この関係は盛り上がるという点で優れているかもしれないが、互いの対立を認めない関係という言葉に共感した。人は対立を繰り返し、成長していくものだと思っている。むしろ同質的な関係は、似た人の集まりであり、似た考えを持つ人が多いはずなので、様々な視点といろんな考え方を知ることができずに、多様化する社会での生き方は学べないのではないかと考えた。自分よりリアルが充実しているからといって、目の敵にするような人間ではなく、たとえリアルが充実していなくとも、同質的関係の維持のために人を攻撃するような人間にならないように気を付けたい。インターネットの使い方も含め、自分の考えを再確認できてよかった。