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高3アカデミックリテラシーで明学大の先生による講義「教養原論」が始まりました<第1回>

9月24日(金)より、高校3年生推薦進学コースの授業「アカデミックリテラシー」で明治学院大学の講義「教養原論」が始まりました。今年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、授業によって形態が対面、オンライン(ライブ)、オンデマンドのいずれかとなるとのことでした。今回は対面で授業を受けました。

今年度の「教養原論」の講義テーマは「『他者』と向き合う」です。今回は第1回ということで、明治学院大学 教養教育センターの植木献先生による講義全体についてのオリエンテーションでした。

まず、この講義の学び方を確認しました。それから、「他者に向き合うための教養」と題して、なぜ大学では自分の専門と関係の無い学びをするのか、また、「教養」とは何かということを知りました。

大学の講義としても評価される科目ということで、生徒たちも気を引き締めていたようです。

生徒の意見・感想を紹介します。

  • 大学で自分の専門と関係のないことも学ぶことは疑問だった。その答えは視野を広げるためであり、関係ないと思っていたことが五年後、十年後の自分を変えることもあると学んだ。そのことから、大学へ行き専門以外の授業も専門の授業と同じくらいわくわくするなと感じた。運動の前にはストレッチをするように、関心がない世界に一度入ることで頭の可動域が広がり視野が広がるメリットがある。この講義を聞くまで、自分の役に立たないことに頭を使うという発想はなかったが、無駄だと思うことこそ経験し、そのような経験をストックしていきたい。
  • 今の情報社会では、人に惑わされずに自分で判断する力を身に付けることが重要なのだと気づいた。また、教養とは先陣を切って歩く判断力を育み、マニュアルのないところで問題解決をするための力であると知った。大人になる上でそのような力は必要不可欠になっていくので、大学の学びは将来に生かせる大事な経験だと感じた。
  • 自立の大切さを改めて学びました。また、無駄だと思っていたことも将来なにかの役に立つかもしれないので、その無駄を大切にしたいと思いました。無駄なんてなかったと思える日が来るように、幅広い様々なことに挑戦していきたいなと感じました。今まで色々なことがあって、辛いことも、苦しいことももちろんあったけれど、その全てが自分の人生において宝になるのだと思いました。
  • 大学で個人の学部・学科に直接関係しない学びが何故必要なのかということを今回初めて知った。教養は視野を広げ、一人一人が自立できるようになるために学ぶもので、今は「役に立たない」「どうでもいい」と感じる学びも後に役立つことがある。他者を引っ張る立場に立つときはマニュアルのない状況でも問題解決をする必要があり、それを可能にするのは教養である。大学で教養を学ぶ際も今日聞いたことを意識して取り組みたい。
  • 教養という概念はキリスト教から生まれたもので、今では多くの大学にその考え方が広がっている。また、大学の学部で学ぶことは教養であり、教養は自由人を作るための学問である。そして教養とはどんな時でも惑わされず、マニュアルがない所でも問題を解決するための力であり、それには広い視野と深い洞察力が必要である。
  • 自分に必要のないことが実は自分の視野を広げることに繋がるため、積極的に挑戦していくことが大切。とにかく頭を使うことが自分の視野を広げる。ヘボン先生も医師としては必要のないことも学んだがその結果、聖書を翻訳する仕事にも繋がった。世界は自分が思っているよりも大きいため、自分の興味がある事柄だけではとても狭い。様々な学問を学び、体験することが誰にとっても必要だと感じた。また、教養はこれから大学で学ぶ私たちにとって一番大切な考え方だと感じた。勉強は大切だが、大学にいる多くの人たちと考えを共有するなど様々な考えを持つ人たちと触れ合おうと思った。
  • 自分にとって「無駄だと思うこと」「専門外」のことこそ自分の視野や世界を広げてくれる、と学びました。興味のないことこそ積極的に、「自分の力にしてみせる!」くらいの心意気で大学での学習に臨んでいきたいと思いました。